備忘録

日々の備忘録。

天界と下界

雨が降った。私の住んでいる町は、駅に近い繁華街からおよそ一時間、少し高い丘のような場所にある。家に帰るには、じわじわと坂を登らねばならないのだが、これがまた面白いことを引き起こすもので、登る前と登った後とでは、天気と気温が違うのである。この町に住む学生は、町の高低差を面白がって「天界」と、そして下りた先の町を「下界」と揶揄して笑った。この場合、揶揄しているのは天界のほうである。

今日も下界から帰るとき、時刻は午後六時ごろだっただろうか。空は夏の日の落ち始めていて、青い青い空模様だった。原付を走らすと、風が半袖の腕に少し冷たかった。途中、天界に上る大きな坂がある。そこを抜ければ我が家まで後少しなのだが、突然、腕にチクリとした痛みが走った。遅れて、水の冷たさがくる。雨粒だった。下界は晴れていたのに、天界は雨だったのだ。雨脚は一気に強くなり、もはや土砂降りの雨が、腕を刺し、Tシャツを刺し、ジーンズを刺していた。濡れたマンホールと路面がなんとなく怖くて、スピードもろくに出せなくなる。しかし、不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろ、全身ずぶ濡れになりたかった。雨。雨よ。もっと濡れろ。私を濡らせ。馬鹿らしくなるくらいに。

 

なんとか家に着き、ヘルメットを脱いで空を見上げると、もう雨は降っていなかった。